第三部 権力のはらわた
第十章 ゴルバチョフの嘘? - 一九九二年二月、八月 -
<II>「民主革命」なる幻影
◆「自生的秩序」を「革命的」に演出する矛盾
(p.465−p.471)
保守派がエリツィン政権を批判するのは大きく2点でした。
1点目は、米国ハーバード大学のジェフリー・サックス教授の助言を受けたガイダル副首相の「ショック療法」ー 価格統制を撤廃して市場経済を一気に導入して自由競争を展開するー という政策は、構造改革を一切行わず、ソ連時代の生産手段や生産組織がそのまま温存されていたロシアでは、生産効率や品質向上が全くなされず、物価だけが上昇してしまうという結果となり、ロシア経済を破綻に導いたという指摘です。
改革を成功させるならば、敗戦直後の日本のように絶対的な権力をもつGHQが必要でしたが、ロシアにはそれがなく、絶対的な権力をつくるには保守派が主張した「非常事態宣言」を導入するしかないのです。さらに、市場とは長い歴史的経験の中で形成される「自生的秩序」であり、それを生み育てるには、中国の改革解放経済のように長期間漸進的に進める必要があったのでした。
2点目は、民族主義の爆発と対立が激化したという指摘です。
以前紹介したカフカス方面はいうまでもなく、バルト三国(ラトビア、エストニア、リトアニア)でも、独立運動は西側マスコミから民主主義運動としてもてはやされましたが、その後は民族主義が台頭しました。特にラトビアやエストニアでは市民権を得るためにはラトビア語やエストニア語試験に合格する必要があり、その地に居住していたロシア人は非国民とされ、ロシアへ帰還を余儀なくされてしまいました。
そして帰国したロシア人たちには職も住居もない難民状態となり、ロシア人のナショナリズムに火をつける結果となってしまいました。
こういう事態は改革を行ってみてはじめてわかった、というわけではありません。実は、KGBは分裂後のソ連について予測し、万一分裂主義者が政権をとると上記のようになると予め分析していたのです。
クーデターに参加したクリュチコフは、KGB議長として分析結果をゴルバチョフに報告し、防ぐためには非常事態宣言が必要であると進言したのでした。
今までがダメなので一気に改革しよう、としてもソ連からロシアへ移行した時のように大失敗してしまいます。また、正しい予測がされ、報告が上がっていても必ずしも活かせるとは限りません。そして、気づいた時には手遅れというのがパターンとなっています。
万一に備え、今から確実にできることを一つ一つ積み重ねていくのが一番であると感じています。
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