第五部 全ては許される
第十六章 戦車とミサイルの錬金術 - 一九九四年十月〜十一月 -
◆別荘のためなら戦争も辞さず
(p.787−p.792)

武器の大規模横流しに関する汚職はブルラコフが指揮する西方軍だけの問題ではなく、全ての方面軍、各師団、各連隊に腐敗が行き渡ってしまっていたのでした。むしろ西方軍の事例は西側諸国でありマスメディアの目が光っていたドイツを舞台にしていたためにたまたま発覚した、というようでした。

例として、極東軍管区の空輸師団司令官ロジオノフ将軍は、中国人と商売するために軍用機を不法に使用し、麻薬を大量に所持していたり、ウラル軍管区のパラシュート降下大隊副司令官シドレンコ少佐たちはエカテリンブルグ市のマフィアと手を結び、自動小銃、拳銃、迫撃砲、爆薬などあらゆる武器を大胆に横流しし続け、それらの武器はエカテリンブルグ市内にあるマフィア経営の商社に渡るなどしていたようです。

また、麻薬も蔓延しており、太平洋艦隊ではウラジオストックの船舶修理工場で麻薬が無制限に売買され、工場内の状況を把握しようとしたセベルスコイ海軍少佐が、階級が下である現場の海兵隊員達から逆に殺すと脅される始末でした。

このように軍全体の汚職問題が深刻化した背景には、エリツィン政権が93年に最高会議と激しい権力闘争を繰り広げた時に、権力闘争に勝利するにはどうしても軍部を味方につける必要があり、そのために軍上層部の汚職や不正事件を見逃す裏取引がなされたのではないかと著者は推測していました。

エリツィン大統領が著書「エリツィンの手記」の中で、自分がグラチョフ国防相に信頼を重ねていることを述べておりましたが、そのグラチョフ国防相は閣僚会議の席上で軍上層部の贅沢な別荘が問題となった時、「将軍達の別荘は、武力を用いてでも守り抜いてみせる」と発言したほど不正取引に手を染めている人物でした。

グラチョフ国防相は、ルツコイを代表とする最高会議幹部たちが自身や西方軍の汚職事件に関する証拠を集め、「11個の資料カバン」スキャンダルとして告発を仕掛けようとした時に、エリツィン大統領に「最高会議をもっと早く片付けるべき」(武力行使で始末すべき)と進言したのでした。そして、最高会議を戦車砲で武力制圧後、そのスキャンダルをウヤムヤにすることに成功したのでした。

 

武器密輸は、混乱期においてお金を生み出す能力がある政治マフィア、地下非合法マフィア、外国勢力の3つと密接に関わり、それに携わる人間(特に高官たち)が大規模な汚職を繰り広げ、最も大儲けするという事例であることが示されました。

 

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