第五部 全ては許される
第十六章 戦車とミサイルの錬金術 - 一九九四年十月〜十一月 -
◆ポケットに二億ドルねじこんだ将軍
(p.770−p.780)

第16章では、著者が入手した内部告発レポートに基づくロシア軍の汚職の実態についてご紹介します。

94年10月17日、モスクワ最大の購読者数を誇る「モスコフスキー・コムソモーレッツ」紙の若手記者で、ロシア軍の汚職の実態について熱心に報道を行っていたホドロフは、モスクワ市内で「西方軍の汚職の証拠を渡す」というタレコミ情報を受けてアタッシュケースを入手しました。それを編集部で開けたところ爆発し、彼の肉体と証拠書類一式は粉々にされた事件が発生しました。

この事件は、軍部によるメディア関係者への恫喝を目的とされていたようでしたが、この結果は逆に、ロシアのジャーナリストたちを激しく奮い立たせ、今まで活字にしてこなかった軍の腐敗を示す証拠資料を次々と発表、1万人以上の一般市民が集まり軍部とエリツィン政権を批判する政治集会が開かれ、その結果巨大な政治問題と化してしまいました。

著者が入手したレポートによると「西方軍総司令官プルラコフは、軍資産から横領して個人資産としたお金は二億ドル」という衝撃的なものでしたが、この内容は、ドイツ「シュビーゲル」誌も独自に取材して報道していたのでほぼ事実と考えられます。

不正蓄財の方法は

・市場価格より不当に高く設定した値段で企業から物資を購入、その代わりにリベートを企業から受け取る

例:ロシア西方軍と1680億円の取引を行っていた消費財納入業社の「M&S」社は、ロシア国内で1本35円相当の価格で売られていたグルジア産ミネラルウォーターを、2倍以上の1本75円相当の価格で西方軍に納入し、差額は全て軍幹部へと納められた。

さらに、「M&S」社が納品したもののうち良質の物品は、タダ同然の価格でロシアの将軍たちが役員を連ねている複数の会社に払い下げて再転売をしていた。

・軍需物資を手っ取り早く売り払う

例:西方軍総司令官プルラコフ、海軍少将クラスノフは合弁企業「モセニコ・インヴェスト」に西方軍が保有する莫大な軍需物資の独占的売却権を与え、軽油82,000トンを国際価格の2/3で叩き売ったことをはじめ、貴重な軍需物資が二束三文で販売された。

さらにその合弁会社の役員は海軍少将クラスノフが務めており、しかも軍需物資売却益はロシア政府に返還することが定められていたにもかかわらず一切ロシア政府に返還されていない。

このような横領事件は軍検事局によって捜査が行われていましたが、実際に捜査を行う軍検事局もプルラコフ司令官からの報復を恐れ、自らの保身を図るためにその進展は遅々として進みませんでした。

日本においても戦後直後の混乱期に政財界に加えてGHQまで汚職の手が広がった昭和電工事件(昭電疑獄)が発生しました。このように混乱期には、常識では考えられない、地位や特権を利用した大規模汚職事件が相次いで発生し、しかもこれらは全く取り締まられることがないため巨大利権が成立してしまうということが示されました。

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