第五部 全ては許される
第十六章 戦車とミサイルの錬金術 - 一九九四年十月〜十一月 -
◆「裏切り者」を黙らせろ
(p.780−p.787)

ホドロフ記者の爆殺事件に伴い、コメントを求められたブルラコフ西方軍総司令官は「1946年から1992年までの47年万に西方軍が紛失した銃火器は46丁にすぎない。93年には大きな事件が起きた。3名の移民が第63戦車隊の倉庫を襲い、15丁のピストルを盗んだ。94年には入ってからは警備班長が軍事物資輸送警護中に自分のピストルを紛失した。西方軍での武器紛失は以上で全てである」と語りました。

ところが、ドイツマスコミの調査で、西方軍のドイツからの撤退の際に、数千台の戦車、装甲車、大砲が行方不明になっていたがその殆どが当時内戦が起きていたボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国のセルビア人勢力側へと流れ込んでいたことが判明しました。

西方軍による大規模な横流しの手口は、旧東ドイツ領で最新鋭の兵器が積み込まれたロシア行きの貨車が、途中のロストフ・ド・ナヌー駅でセルビアやロシア本国から輸送された旧式兵器と入れ換えられ、最新鋭兵器はセルビア人勢力の元へと運ばれた一方、ロシア本国に運ばれた旧式兵器は帳簿上で数が一致するので「問題なし」ということのようでした。

この秘密をバラそうとしたものはどうなるのでしょうか。

輸出許可証を偽造し、350万マルクを横領した旧ソ連軍第100組織部元部長のダニーロは、取り調べの席で武器密輸をドイツの取調官に一部白状したところ、逮捕翌月にCIS軍高級将校3人がダニーロのアパートに押し入った上、ダニーロの妻子に対して張り込みをかけようとしました。

ダニーロの妻子はドイツ人税関職員に保護を求め、ドイツ人税関職員に保護されていましたが、CIS軍の将兵たちはその税関職員たちに襲い掛かってきました。

危機感を覚えた税関職員たちはダニーロ妻子を連れドイツ連邦国境警備隊によってホテルへ移動しましたが、そのホテルがCIS将兵によって包囲されるという事態になり、ダニーロ妻子は厳戒態勢の敷かれた旧西ドイツ領の刑務所へとヘリで移動する羽目になりました。

当然これらの内容はドイツマスコミによって詳細に報道されましたが、武器密輸に関する秘密をバラそうとすると、外国領であるにもかかわらず恥も外聞もなくマフィアも顔負けの圧力をかけてくるという実態が明らかとなりました。

混乱期には非合法密輸の世界は大変儲かりますが、一方で秘密を漏らしたり、足抜けを図ろうとすると大変リスクが高い世界でもあることがうかがえます。

 

 

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