第四部 自由という災厄
第十五章 怪物を生んだ権力のラビリンス - 一九九四年四月 -
◆ソ連の国家機関全てがジリノフスキーに出資
(p.758−p.767)
前回は、ジリノフスキーの自民党の金の出所は、テミルバーエフが設立した基金経由でソ連共産党および国家機関であったことを紹介しましたが、これはほんの一例にすぎず、共産党および国家機関は、政治工作を目的としない純然たる資金隠しのために、ジリノフスキー自民党設立と同様の手法を行っていたのでした。
たとえば、共産党の権威が急速に失われつつあり、党員の離脱が相次ぎ、党費が減少していた90年8月時点では「党の商業活動、対外経済活動の実施に関する緊急策について」という戦略文書がロシア共産党副書記長のイワシコに提出されており、そこでは
「国内における政治活動が活発化し、多数の政党が生まれている現状の中で、わが党の活動面をささえ、安定した財源をルーブルと外貨の双方で確保することは、今日、最も重要な課題である」
「いち早く市場経済への移行プロセスの始まった東欧の経験を持ち出し、商業活動を通じて党の資産を形成すること。党に所属する企業や経営組織を対外貿易活動に参加させる必要がある」
「ただし、しかるべき秘密事項は遵守すべきであり、党の直接の関与を隠蔽すべく、様々なダミー形態を取り入れることが必要である。党の所有する資産を『商業化』するとともに『見えない』党経済構造を計画的に創造し、党中央委員会の書記長、またはその代理人の定めるごく限られた範囲の人間に、その取り扱いを委ねることである」
「党中央委員会と見える組織のと間に、基金、協会などなんらかの新しい『中間的な』経済組織を設立する」
「党が商業活動、対外経済を実行するにあたっての、党の直接の関与を隠蔽するダミー会社の準備に至急取り掛かること」
と記されており、ゴルバチョフ政権末期には、共産党および国家機関は計画的、戦略的に党資産を市場経済の中に隠し、実行したのでした。
そして、エリツィン政権下で行われた市場経済への移行では、急進的なショック療法などによってロシア経済は混沌とし、マフィアや詐欺師、汚職まみれの官僚、腐敗した警察など魑魅魍魎どもが我が物顔のように跋扈するようになり、その結果として共産党時代に行った資金の隠匿に成功したのでした。
その盗まれた党や国有財産は、海外に隠匿されただけではなく、商業銀行や信託銀行などを傘下に収めているモスクワ最大の金融グループ「モスト」のように、形を変えてロシア国内に現れたのです。
この「モスト」の創立にはモスクワ市政府も深く関わっており、モスクワ市の資産、予算が流用されていることをはじめ、「モスト」会長のグジンスキーはエリツィン大統領と親しく、また「モスト」の高位スタッフには91年8月クーデター未遂事件で逐われたKGBトップクラスの人物が次々と「天下り」していたのでした。
91年8月クーデター未遂でソ連は民主化され、エリツィン大統領によって市場経済へと突入してロシアは西欧諸国と同じような価値観に生まれ変わったのだ、と世界中の人は思っていました。しかし、このプロセスやエリツィンによる民主化の行く末については、あらかじめ既にソ連共産党によって全て仕組まれていたことが著者の調査で明らかされたのは大変驚きました。
これを読んだ後で、日本でも、財政破綻した際は、官僚、政治家たちが「第三セクター」やら「基金」「補助金事業」などを立ち上げ、国有財産を密かに移行させるのではないかと私は思わざるを得ませんでした。
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