第三部 権力のはらわた
第九章 ロシアは独裁者を待っている - 一九九二年三月 -
◆ヤコブレフ-素人の改革が始まる
(p.408−p.424)
1992年3月27日、モスクワでは毎月のようにこのところ反政府集会が開催され、主催者発表9万人の市民が集まりました。
ただ、そこで集まった弁士たちは、極右イデオロギーを唱える自由民主党党首ジリノフスキー、ソ連軍とソ連邦の温存を主張し続けたマカショフ将軍、極左の共産主義労働者党第一書記のアンビーロフ、そしてロシア正教の神父といった具合で、本来なら対立しあう勢力の人たちが一同に並んでいたのでした。
集まったのは反エリツィンというただ一点だけで、演説の内容も、いずれの弁士も分裂する一方の祖国を再度統一せよ、偉大なるロシア万歳、という単純なメッセージを反復しただけにすぎませんでしたが、会場はそれでも「ウラー!」と盛り上がりを見せていました。
そうした中、中立派の大物人物、ヤコブレフ氏に著者はインタビューしました。
ヤコブレフ氏はゴルバチョフが1985年に書記長に就任した時に党内改革派の代表としてペレストロイカを推進しました。しかし、90年の党大会にて、保守派から攻勢を受け、党職を辞任、その後は大統領首席顧問などでゴルバチョフを支え、ソ連崩壊後はポポフモスクワ市長らと「民主改革運動」を結成してその指導部の一員と成っている人物です。
インタビューの概要を以下にまとめます。
・改革の実現は、実際のところ、とても複雑である。政府のエコノミストは、目的と手段を取り違えて理解しているきらいがある。あらゆる改革の目的は、国民の福祉向上のため、生産性をなんらかの手段で高めることにあるが、エコノミストは予算のことばかり考えている。赤字予算を黒字にすることを第一の目的にしているのである。もちろん、現在の国家予算の赤字額は大変なもので、これを改めなくてはいけないのは言うまでもないが、そのために国民生活を犠牲にしてしまっては本末転倒である。これでは国民は政府を支持せず、改革そのものが潰れてしまいかねない。
・社会のあらゆる局面で、かつて重要なポストを占めていた特権階級が復活したらしい。そして、国民の間に現在の政権への不信と失望が広がるのに比例して、コミュニズムとファシズムとが不気味に増殖しつつある。左右問わず団結しつつあり、軍部や軍産複合体だけではなく思想家や文学界にも広がり始めている。
・反体制派の集会では、政権を脅かし、差別、暴力、中傷をはじめ人々の憎悪を駆り立て、許される言論の自由の枠外にあたる憲法違反なスローガンを繰り返し述べているが、民主派はこういう人々を法律で処罰しようとしない。そのため、不穏な革命的雰囲気が充満しているが、経済危機がたやすく克服できない以上、暴力革命の可能性も否定できない。そうなると、エリツィンの急進的民主主義の後にやってくるのは右翼であり、反動である。もう次の政治イス取りゲームが始まっている。
・私はイデオロギー問題の責任者としてグラスノスチ(情報公開)に携わった。この結果、人々に真実が伝わり、意識が一新された。ソ連を変え、世界を変えたのは何よりまず、グラスノスチによって人々の頭の中身が変わったことによるものである。
・ゴルバチョフは、内政面では結果として彼は多くの人々に苦しみをもたらしてしまったが、世界史的スケールでみると、当時ソ連共産党書記長という地球上で無制限の最大の独裁的政治権力を手にしていたが、彼は民主的社会の実現のためにあえて自らその権力を放棄することで、理性的、平和的手段によって恐怖から人々を解放した偉大な人物である。
エコノミスト達の国家予算の考え方については、現在進行中のギリシャ問題、そして日本の財務省と相通ずるものがあります。また、日本において民主党政権から自民党政権へと切り替わった時に、民主党の政策についてはことごとく覆され、民主党政権に対する反動が働いたように感じました。
ただ、一度真実の情報が公開されると、人々の考えが変わりもうはや後戻りができないことも明らかになりました。
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