第三部 権力のはらわた
第八章 塗り替えられたレーニンの肖像 - 一九九一年九月、九三年二月 -
<II>二十世紀の「偶像の黄昏」
◆殺せ!奪え!震え上がらせろ!
(p.391−p.407)

ヴォルコゴーノフ氏はさらにレーニンの秘密書簡の内容について著者に語っていました。

この内容で私が注目したところを取り上げていきたいと思います。

・レーニンは、その生涯において、通算しても一年あまりしか仕事していない。カザン大学退学後の22歳の頃、弁護士の補佐のような仕事にわずかな期間、従事しただけである。彼は法律家としては決して有能とはいえず依頼された弁護はことごとく敗北している。このわずかな期間を除いて、彼は全く仕事をしていない。

・レーニンは人生の半分近くを外国で過ごしたが、この生活費は母親からの仕送り(賃貸した別荘のあがりを毎月送金)、非合法手段(銀行や金持ちからの強盗など)で得たボリシェビキのグループからの送金、一部の知識人、金持ちからの献金、そしてドイツ政府からの物資や資金援助であった。

・ドイツ政府は第一次世界大戦でロシア皇帝を打倒するためにレーニンへ強力な支援をしていた。当時、ドイツはアメリカの参戦により形成が圧倒的に不利となり、ロシアは持久できれば勝利できたにもかかわらず、ロシアはブレストリトフスク条約であっさり降伏、黒海方面に進撃してきたドイツ軍を艦砲射撃で撃退できるはずだった黒海艦隊を全て廃棄した上、さらに一次大戦で敗北し、軍備制限が課せられたドイツに対して秘密軍事訓練場を提供するなど親ドイツ政策をとり続けた。

・日本に対しては1920年5月にサハリンを10億ドル(7億ドルは現金、3億ドル分は商品現物支給)で売却する商談を行ったが値段が折り合わず、交渉は不成立で終わってしまった。

・レーニンはロシア人、北カフカスのカルムイク人、ドイツ人、ユダヤ人、スウェーデン人の血をひいている。共産主義者は言葉の上では人種差別に反対してきたが、共産党はその創立者の民族的ルーツを隠蔽してきた。さらにレーニン自身が人種差別主義者でありロシア人を徹底的に差別していた。

・レーニンこそはテロルによる独裁権力の創始者であり、残虐な独裁者として知られるスターリンはあくまでレーニンの後継者にすぎない。レーニンは労働者と農民の天国をつくると約束していたが、一度も実生活を経験しておらず、ボリシェビキのやり方に少しでも抵抗しようとした農民に対して有無を言わさず、絞首刑にせよ、人々が震え上がるほど残酷なやり方で殺せ、彼らの小麦を全て奪ってしまえという命令を平然と出した。

 

差別のない平等を追求する政策を訴えた人物は、実はとんでもない残虐な人種差別主義者であったり、あと少し持久すれば勝てたにもかかわらず講和を結んで外国へ領土を切り売りするなど数々の売国行為が目に余り、私にはレーニンはロシアの国家、国体を完全に破壊するための外国の工作員でとしか思えませんでした。

ヴォルコゴーノフ氏は、「レーニンの唯一の功績は、赤色テロがいかに恐ろしいかということを全世界に知らしめ、その結果、各国がそうならないように自分で民主的改革に取り組み弱者の保護を行い、革命なしで国民の生活水準を大幅に向上させることに成功したことだ」と言い切りました。

社会が混乱すると、甘言を巧みに言うレーニンのような人物が現れますが、それに惑わされず自分で努力しないとダメだということがよく分かる事例と感じました。

 

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