第一部 ロシア零年
第四章 マフィアのために人道援助を - 一九九二年四月〜五月 -
◆ノーメンクラツーラとマフィアの同盟
(p.176−p.185)
ロシア共和国内では相次ぐ汚職事件が発生していましたが、アナトリー・スウィリデンコというロシア内務省刑事部の捜査官が変死したという新聞報道が、彼の同僚Nから報告がありました。
スウィリデンコは内務省高官と接触しているマフィアボスの一人「A」を内偵調査していたところ、「泥酔中のところ」列車から転落死したのでした。
このAという人物は、他のマフィアボスとは違い、スポーツクラブの経営、ショービジネス、プロスポーツの興行を手掛けたり、そして慈善団体のトップに就任するなど、社会的名士としての表の顔を持っていました。
そして、Aは、ドイツからの人道援助が始まった時、「援助物資を現金化し、その現金を社会的弱者に配分したほうがいい。我々の慈善団体は、モスクワの弱者にルーブルを分配する作業を一手に引き受ける用意がある」と、真っ先にマスコミで主張したのでした。
その真意は何トンもある援助物資を直接持つよりも、ルーブルの束なら個人で簡単にポケットに入れることができ、援助物資利権を独り占めすることでした。それを告発すべく内偵調査を行っていたスウィリデンコ捜査官が変死の憂き目に遭ってしまったのです。
また、援助物資が消えるときは、官僚とマフィアとがグルになっていると、Nは言いました。
具体的なやり口は、地区の倉庫に15,000トンの援助物資の粉ミルクが入荷したら、行政機関の有力指導者であるIが、その倉庫長に「自分のサインが入った書類を持っている人間が来るから、その人間に粉ミルクを渡すように」という指示を出します。数日後、マフィアの人間が持参した書類を倉庫長に見せ、マフィアに丸ごと渡った粉ミルクは、ある食料品店に販売、利益は全てマフィアが手中に収めるといった具合でした。
ここまで許認可権を盾にして援助物資をただで入手、転売するということが大っぴらに行われていたことに大変驚きました。
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