第一部 ロシア零年
第三章 マルクスの国の遺産相続 - 一九九一年十二月〜九二年二月 -
<III><みなしごの冬>のモスクワ
(p.123−p.131)
例年のこの時期のモスクワは、雪が降り積もり-20℃以下になるのが普通でしたが、経済危機が発生したここ3年間は-10℃以下になるのはまれで、日中にはプラスの温度になることもしばしばで、降り積もった雪が溶けてチョコレートのように泥混じりとなっていました。
「経済が混乱し、貧しい人々が飢えている時には決まって暖かい冬が訪れ、みなしごでも乗り切れる」これはロシアの古い言い伝えで、まさに91年の冬は経済が混乱していました。
さて、チョコレートのように泥混じりになっているのは天候だけではなく、土地を巡る汚職もまた激しく行われていました。
先に辞意を表明したポポフ市長は、その後辞意を撤回して続投を宣言しました。モスクワの事件はもう解明できないのではないかと思われた矢先、今度はサブチャーク市長率いるサンクト・ペテルブルグ市(旧レニングラード)でも似たような土地取引を巡る汚職事件が発生していました。
サンクト・ペテルブルグ市には、「新オランダ島」と呼ばれる市内の一等地が市の指導部によって外資に売り飛ばされるという事件でした。
この「新オランダ島」は、歴史的建造物や軍関係施設が立ち並んでいたのですが、90年ごろから軍関係の施設を締め出し、ショッピングセンターやホテル、高級アパート、ビジネスセンターからなる一大複合施設を建設するプロジェクトが立ち上がりました。
もしもこのプロジェクトが軌道にのれば、ロシアにおける国際ビジネスセンターとしてさらに発展が見込めるため悪い話ではありません。ただしこのプロジェクトを実現するには外国の技術と資本が必要でした。
この契約条件を入手し仔細に調べると、サンクト・ペテルブルグ市とフランス企業「SVS」との合弁企業である「ピョートル・フランス」は
・99年間「新オランダ島」を租借
・年間賃借料は、77,777ルーブルで、契約締結後10年間は無料・賃借人(ピョートル・フランス)側は、「熱供給システムの稼働を義務付け」るだけでそれ以外は「いかなる障害もなく、土地の所有と利用権を行使できる」
・賃貸人(サンクト・ペテルブルグ市)は各種インフラの提供の義務、第三者からのクレーム処理、そしてピョートル・フランスによる土地利用用途に関して一切干渉してはならない。
・一方が契約を破棄した場合、破棄した側が「米ドルで」「土地の市場価格で」賠償する
という、圧倒的に借り手優位の内容で、仮に住民からの抗議運動が発生して契約を破棄した場合、ピョートル・フランスに金を払うという恐ろしい契約になっていました。
注目すべきは、モスクワ市でのオクチャーブリ地区の再開発事件でも関与していたフランスの「SVS」社がこの件でも関与しており、手口も全く一緒であるということです。
結局、モスクワも、サンクト・ペテルブルグも同じ利害で結ばれていることの傍証となり、汚職の規模も大掛かりであろうということが伺えました。
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