第一部 ロシア零年
第二章 母なる、されど病める大地 - 一九九一年九月〜十一月 -
◆モスクワは汚職のパラダイス
(p.65−p.77)

9月16日、モス・ソビエト(モスクワ市議会)前の広場で、市民の前で議員たちが演説していました。

「今やモスクワはまったくの無法地帯です!」「ポポフ市長は、モス・ソビエトの決議を無視して、(直ちにマフィアと戦いを始める有能な人物である)コミサーロフ将軍をモスクワ市内務局長に任命することを拒否しました。代わりに法的には任命権のない彼が任命したのは、警察行政にまったく素人の、物理学者のムラショフです。この人事を喜んでいるのはだれか!マフィアだけです!」という議員の演説に、市民から喝采が湧き上がりました。

コミサーロフ将軍の承認は、手続き上、議会が決議した後、ロシア共和国バランニコフ内務大臣による承認が必要でした。しかし、そのバランニコフ内務大臣の上司であったプーゴ元ソ連内務大臣が却下したのでした。エリツィン大統領に直訴しても状況は変わることはありませんでした。

元経済学者であったポポフ市長は、モス・ソビエトの支持を受けてモスクワ市長に就任したのですが、いざ市長に就任すると議会の意向に背き、汚職にひたっていた党官僚(アパラチキ)をそっくりそのまま留任させ、上級官僚が闇経済のマフィアと結託し、裏で多額の資金を稼いでいる事例が相次いでおり、汚職がますますひどくなる一方でした。

例として、家賃900ルーブルのオフィスを借りるのに、市の官僚に30,000ドルもの賄賂を渡す必要があり、前金として15,000ドルを渡したのちに、契約した時と物件の状態が異なることで残りの15,000ドルを払わなかったことり、贈賄の罪で逮捕されてしまった人がいました。

ただし、このように汚職や混乱を招いてしまった原因の一端として、モス・ソビエトの議員の大半が、非党員の学者や学校教員など、行政実務経験がなく、政治の実態を知らないままに当選した中産階層の出身であったため、議会運営が混乱してしまい、本来早急に決定しなければいけない住宅の民営化がまったくできず、滞ってしまったのです。

議員や市長に行政の経験がなければ、必然的に経験がある党官僚に依存することになります。本来官僚をチェックする立場である議員がチェックできないため、結果として特権的官僚が温存され、汚職がどんどん広がっていったのでした。