第1章 ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る
§5 アメリカと「ドイツ帝国」の衝突
ウクライナは国家として存在していない
(p.57-59)
ーウクライナの人口がドイツのシステムの一部となるのは、そうした動的な不均衡の中で質的飛躍が起こることを意味しますね。とはいえ、数は多いけれども、貧しくて生産性の低い人口ではある…。
そのとおり。だけど、地理的に密集していて、政治的にコントロールしやすい貧しい人々を併合するのは、安価な労働力に飢えているこのグローバル世界の中では有利なことであり得る。我々の世界は今や、ポスト民主主義的で、不平等な世界なのだ。ここにはしたがって、給与水準の低いゾーンへの膨張の動きが潜在している。
新たな「ドイツ帝国」にとってのウクライナの利点は、まさにウクライナがウクライナとして存在していないということだ。
ウクライナは二つに、あるいは三つに分かれている。崩壊途上にあるシステムなのだ。現実にはウクライナは一度として、正常に機能するナショナルな塊として存在したことがない。見せかけの国家であり、破綻してしまっている。
ウクライナの国家としての無能さの基本的な証拠、それはこれまで明確に強く述べたことがないのだが、西ウクライナのリーダーたちが演じてきた役割、周縁的な役割である。人々はしばしばそのことに憤慨し、彼らの議員、彼らの大臣たちの数を数えるけれど、西ウクライナの人々は全体として僅かなものしか代表していない。
したがって、印象的なのは、中部ウクライナ人、すなわち、ウクライナ語を話し、あまりロシア人が好きでなく、もともとギリシャ正教であるけれども、極右には誘惑されていない人々が行動しないということだ。
西ウクライナの台頭は、多数派を占める中部ウクライナがどれほどバラバラになっていて、組織を組む能力がなく、つまり前国家的状態にあるかを示している。
ウクライナの極右と東部ウクライナの親露派の間で起こっている衝突が明白にするのは、国の歴史的不在だ。西ウクライナの人々はヨーロッパに加入したがっている。彼らにとってはまったくノーマルなことだ。ナチスドイツとの協力の伝統を持っている極右勢力が、いったいどうしてドイツのコントロール下に入ったヨーロッパに加入したがらないわけがあろうか。
ウクライナはリヴィウ州を中心とする西部は歴史的にポーランドやオーストリア帝国の支配下に置かれていたため親EU派で、東部はロシア系住民が多くロシアの兵器を生産している軍需工場があるため親露派に分かれているという印象でしたが、中部ウクライナ人がほとんど政治的な動きを示していないというトッド氏の指摘は意外でした。
ウクライナ現在内戦が起こっているため二分された状態となっていますが、ドイツとしては「4000万人いる人口の国が二分されていて不安定」であるがゆえ、安い労働力を確保できるため好都合なのかもしれません。