第1章 ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る
§2 ウクライナ問題の原因はロシアではなくドイツ
愚かなブレジンスキー ー ロシア嫌いでドイツの脅威を見誤る
(p.37-38)
注目すべきことに、「ヨーロッパ流」の伝統を身にまとっている古典的なアメリカの地政学者たちもまた、状況について行けていない。私がここで考えているのは特にズビグネフ・ブレジンスキーのことである。今や高齢だが、アメリカによるユーラシア大陸支配の理論家として筆頭の彼だ。彼はロシアのことで頭がいっぱいでドイツの擡頭を見落とした。
彼が見落としたのは、アメリカの軍事力がNATOをバルト海諸国やポーランドやかつての共産圏諸国にまで拡大することにより、ドイツにまるまる一つの帝国を用意したということだ。その「ドイツ帝国」は最初のうちはもっぱら経済的だったが、今日ではすでに政治的なものになっている。ドイツはもう一つの世界的な輸出大国である中国と意思を通じ合わせ始めている。果たしてワシントンの連中は憶えているだろうか。1930年代のドイツが長い間中国との同盟か日本との同盟かで迷い、ヒトラーは蔣介石に軍備を与えて彼の軍隊を育成し始めたことがあったということを。NATOの東ヨーロッパへの拡大は結局ブレジンスキーの悪夢のバージョンBを実現する可能性がある。つまり、アメリカに依存しない形でのユーラシア大陸の再統一である。
ポーランド出身であるだけに、ブレジンスキーはロシアにコントロールされるユーラシアを恐れていた。彼はロシアへの憎しみにかられるあまり、ドイツの栄光を確実にした愚かしいポーランド人の一人として世界史に名を残すことになりかねない。
ドイツの擡頭については、アメリカのオバマ大統領だけではなく、対ヨーロッパ政策の第一人者であるブレジンスキーも見落としていますが、トッド氏はその原因の一つとして、首脳の出身民族と育った環境が、ドイツの擡頭を警戒しないことに起因すると指摘している点は見逃せません。
一方、この著書を記しているトッド氏は、ユダヤ系のフランス人です。ユダヤ人は第二次世界大戦においてドイツで大きな迫害を受けましたのでなおのことドイツの擡頭を警戒しているものと考えられます。そして、現在のアメリカがドイツをコントロールする能力がない以上、ドイツの牽制勢力としてロシアを重視しているのではないかと考えられます。
ただ、ドイツと中国との協力関係の強化については、メルケル首相の訪中は2006年、2007年、2008年、2010年、2012年(2月2~4日及び8月30~31日の2回)そして2014年と合計7回も中国を訪問している一方、訪日は2008年と2015年の2回、しかも2015年の訪日時では中国が主導するAIIBに参加するよう日本に対して呼びかける有様です。従って、アメリカに依存しない形での経済体制の確立、最終的にユーラシア大陸の統一を図ろうとしているというトッド氏の分析はおそらく正しいように思われます。