第1章 ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る
§2 ウクライナ問題の原因はロシアではなくドイツ
ドイツの強さの源泉
(p.29-p.31)
ー「フランスは結局ドイツを制御できない」というのですね。では、これは手の施しようがないのでしょうか。それとも他のどこかの国がドイツを制御すべきなのでしょうか。

 そう。他の国がドイツを制御しなくてはいけない。前回、その任務を担ったのはアメリカとロシアだった。
「ドイツというシステム」は驚異的なエネルギーを生み出しうるのだということを認める必要がある。歴史家として、また人類学者として、私は同じことを日本についても、スウェーデンについても、あるいはユダヤやバスク地方やカタロニア地方の社会文化についても言う事が出来る。好むと好まざるとにかかわらず認めるほかない事実として、ある種の文化はそんな風なのだ。フランスの長所はまた別のものだ。

フランスは平等や自由の理念、世界を魅了する生活スタイルを生み出したし、知的、芸術的面では先進国でありつつ、今では隣国(注:ドイツのこと)よりも出生率の高い国になっている。もし現実に判定を下さなければならないならば、結局の所、フランスは人生と言うものについてよりバランスが取れていて満足のいくビジョンを持っていると、多分認めるべきなのだ。

しかし、ここで問題なのは形而上学でもモラルでもない。我々は国際的な力関係の話をしている。もし有る国が工業と戦争に特化したら、それをきちんと考慮し、そしてどのようにしたらその経済的・技術的な特価とパワーの突出をコントロールできるのかを検討しなくてはならない。

ここでトッド氏は「ドイツというシステム」は、日本を含めたある種の文化に共通して存在していると指摘しています。この部分はさらっとだけ書いてありますが、実は本書の内容を理解する上で最も重要な部分であるので解説したく思います。

トッド氏は家族学、人類学者として、世界の国・地域における家族形態は8つに大別され、その家族形態によって政治体制や社会の価値観が規定される説を発表し、共産主義やイスラム教の分布域が家族形態とほぼ一致していることを見いだした実績があります。

8つの家族形態のうち、本書に関係するのは以下の5つで、簡単に紹介します。
・絶対核家族:子どもが成人すると独立し核家族となり、親子は独立的であるが、兄弟の平等には無関心で、遺産は遺言によって配分され、基本的価値は自由である。アメリカ、イングランド、カナダ、オランダ、デンマーク、フランス一部地域等。

・平等主義的核家族:子どもが成人すると独立して核家族となり、親子は独立的であるが兄弟は平等で、遺産は平等に分配され、基本的価値は自由と平等である。パリ近郊の北部フランス、ギリシャ、ポーランド、南部イタリア、ルーマニア、ラテンアメリカでみられる。

・直系家族:子どものうち1人(大抵は長男)が親元で生活し、親は子どもに対して権威的、兄弟は不平等で、基本的価値は権威と不平等である。ドイツ、日本、スコットランド、アイルランド、スウェーデンなどでみられる。

・外婚制共同体家族:息子は全て親元に残り大家族を作る。親は子に対して権威的で、兄弟は平等である。基本的価値は権威と平等である。ロシア、フィンランド、中国、ベトナム、キューバ、旧ユーゴスラビアなどでみられ、共産主義勢力の分布とほぼ一致する。

・内婚制共同体家族:息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親の権威は形式的であり、兄弟は平等である。父方平行いとこ(兄と弟の子供同士)の結婚が優先され、権威よりも慣習が優先される。トルコ、イランなどの西アジア、中央アジア、北アフリカなどでみられ、イスラム教の分布とほぼ一致する。

 従ってトッド氏のいう「ドイツというシステム」は、ドイツ、日本をはじめとした「直系家族社会」=権威と不平等を空気のように当たり前と考える社会特有のシステムであることを示しています。

 トッド氏が本書の原稿を日本の読者向けにとして文藝春秋社に紹介をしたのも、日本人にドイツのことを他山の石として欲しいと考えた末のことではないかと感じました。

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