序章「ゴーリキーパークの世界精神」(p.11−19)

1991年5月9日、この日はソ連の対独戦勝記念日で祝典がモスクワ郊外のゴーリキーパークで開催されていました。

そこにはソ連共産党の支持者であり、愛国者、従軍軍人達(いわゆる体制支持層)が多数集まっていましたが、この日は例年とは異なり、独特の雰囲気に満ち溢れていました。その理由は「エリツィンが来るかもしれない」からでした。

当時のソ連は様々な点で行き詰まりをみせていたため、体制支持層ですら、「急進改革派のとして知られていたエリツィンならば、腐りきった特権階級と化していた”ノーメンクラツーラ”に対して鉄槌を下し、公平公正な社会を実現してくれるにちがいない正義の人である」と期待していたのです。

著者が人々にインタビューを行っている最中、群衆の中にエリツィンが突如訪れ、群衆の中をかきわけるようにして歩き、特に何も演説せずに数分後、あらかじめ用意されてあったリムジンへと乗車して会場を去っていきました。にもかかわらず、群衆は「エリツィンが来た!」ということで途方もない熱狂が巻き起こり、満足していたのでした。

この光景を目の当たりにした著者は、ヘーゲルがフランス革命とそれに続くナポレオン戦争の最中、友人に宛てた手紙の一節「私は皇帝が、この世界精神(世界霊魂)が馬にまたがり町の巡察のために出て行くのを見ました…このような人物を目撃することは実に不思議な気持ちです。この人物こそ、この一点にあって、馬上にありながら、しかも世界をわしづかみにし、これを支配しているのです。…この並外れた人物に驚嘆しないではいられません。」になぞらえ、”もしもヘーゲルが今の時代に生きていたら、「ゴーリキーパークを世界精神を突っ切って行くの見た」と興奮していうのだろうか”と思ったそうです。

この1ヶ月後にエリツィンはロシア大統領に就任し、2ヶ月後には発生したクーデターに対して戦車の上に仁王立ちとなり、クーデターを起こした非常事態委員会に対して真っ向から対立して声明を読み上げ、その様子は全世界に中継されました。フランス革命において「自由、平等、博愛」という当時の時代思想を軍事侵攻を通じてヨーロッパ中に広めたナポレオンのように、エリツィンは共産主義ソ連という収容所国家を破壊して自由をもたらすという「時代精神」を体現する人物になったのでした。

しかし、著者がエリツィンに直接会い、エリツィンが著者に手を差し伸べた時の顔色は真っ青に蒼ざめていたのでした。こういう顔色になったのはおそらくですが、エリツィンに対する群衆の期待と、エリツィン自身がこれから行おうとする政策内容に対する「ギャップ」なのではないかと感じました。そして、本書を通しで読んでみると「真っ青に蒼ざめた顔色」こそが「あらかじめ裏切られた革命」を体現した表情であると思いました。

安倍首相も2012年の衆議院議員選挙の際に、我が町に30分ほど来訪され、その際は多数の人々が集まり熱狂的な人気だったと聞いています。しかし、その後は人口減少は止まらず、実感できるほどの景気回復もありませんでした。冒頭のシーンからしても日本と旧ソ連とが共通していると感じた次第でした。