第8章 ユーロが陥落する日
許せないのはエリートの責任放棄
(p222-223)

 まず、この社会では年齢の中央値が40歳強(フランスで40歳、ドイツで44歳)だからです。
 また、社会構造がすでに個人単位となり、いわば原子化されているため、集団行動にブレーキがかかるのです。集団的な異議申し立ての持つパワーを私は信じません。
 われわれに必要なのは強力な意識化であって、社会全般にわたる革命的な転覆ではありません。私はエリートたち(指導的階層)が理性に立ち返るように闘っているのであって、彼らの地位の転覆を狙っているのではないのです。
 私はエリートたちに対し、何ら含むところはありません。しかし、彼らが自分たちの任務を裏切るのは我慢ならない。階級闘争が現実に存在していることは認めたほうが良い。
 ただ、それは私の目には交渉によって部分的に解消可能と映っています。将来も、上層階級がなくなることはありません。上層階級が私にとって許しがたいのは、その階級の連中が発狂し、無責任になるときです。偉大なデモクラシーはすべからく、エリートの一部分が自らの任務を果たすという契約を受け入れ、ときには民衆の側につくという仕組みに基づいて成立するのです。
 ところが、我々の前には今や、猛り狂う寡頭支配者たちが現れてきており、彼らの姿は戯画的マルキシズムが行う権力の定義にマッチしているのでエス。
 私は左翼プチ・ブルジョワ風の平等意識を持っており、ある種の社会道徳に執着しています。この程度のことですから、私は革命家ではないのです。

 -あなたの燃え上がるようなレトリックに騙されてはいけないわけですね…。

 そうです。私は非常に穏健な考えを非常に過激に表現するのでね。

 
 大晦日でちょうどキリよく、これにて本書の紹介が終わりとなります。
 若者が多い社会であれば「アラブの春」が成立しますが、日本やヨーロッパでは高齢化社会が進んでしまったため若者達の力だけでは社会を変えることができない、と現実を冷静にトッド氏は認識しているように捉えられました。

 そうであるならば社会をより良いものに変えるにはいたずらに上層階層を放逐するのではなく、彼らが理性に立ち返るよう働きかけるというアプローチの方が現実的と言えます。そして、トッド氏はエリートは国民に対し長期的視野に立ち、未来に対して責任ある行動をしてきたしこれからもすべきであるが、現在のフランスを支配している寡頭富裕層は国民に対してなんら責任ある行動をしていないため、大変腹立たしく感じているようです。

 お付き合いくださいましてありがとうございました。
 良いお年をお過ごしくださいますよう。